ゲームは究極の科学なり

フルタイムの教員モードに入っている企画系ゲーム屋があれこれ綴ります

堂々と説くゲームデザイン(4)

 こんにち、すなわち10年代においてゲームデザイナーに求められるものはなにか。まだ総括するには早いけど、ぼくは「起業力」だと思う。前例のないビジネスを構想し、提案し、実現していく力だ。

 起業といっても、会社を自分で起こすとは限らない。むしろ、会社の中にいて、内部からそれを成し遂げていく力こそが、現実的に求められる起業力だろう。今、ゲームに限らず、ビジネスのルールがめまぐるしく変動している。そんな中、いち早くその変化についていくためには、受け身になっていてはいけない。自分自身が変化を起こそうとしている者のみが、フロントランナーでいられる。

 もちろん、会社自体にそれを育てられるような土壌がないと、宝の持ち腐れになってしまうだろう。そういう会社を見抜いていくことが、新卒入社を目指す学生君たちの重要な能力ということにもなる。

 例えば任天堂。内部の事情は知らないけど、こんにち同社が追い詰められているのは、たぶんそのせいだ。ハードは極力安価にして普及を図り、その分ソフトで稼ぐ…そんなファミコン以来の勝利の方程式は、もう明らかに時代遅れになっているのに、彼らは捨てることができない。結果、いろいろな面で取り残されてしまっている。オンラインゲームや無料&課金モデルといった商品の枠組みもそうだし、作品性もそうだ。“子供の玩具としてのゲーム”へのこだわり―それにはぼくだって共感を感じる。でも、「大人のチャレンジングな娯楽としてのゲーム」という、現実のグローバル市場が求めたニーズを前に考えると、現実逃避と言われても仕方がないものだろう。

 「わかりました。ぼくが入って立てなおしてあげますよッ!」

 こんな言葉が出てくるとしたら、それは頼もしい。若者って、そうあるべきだよね。“御社の求める人材像は何ですか? ぼくはそれに合わせます”なんて言ってるやつ、いやだよね。だけど、教師としては、やはりひとこと言わざるをえないだろうな。