ゲームは究極の科学なり

フルタイムの教員モードに入っている企画系ゲーム屋があれこれ綴ります

合言葉はアンチ反知

 下品なおやじというのが、どうにも苦手だ。

 相手をするのはもちろん嫌だし、近くにいてその言動を見たり聞いたりするのも嫌だ。今、幸いにしてそういうのを相手にする仕事をしていないから、前者の「嫌」はすでに過去のもの。だけど後者のはそういうわけにはいかない。

 だいたい、彼らはなんで下品なんだろうか。言い換えると、下品でいると、何かいいことがあるのだろうか。

 褒めてもらえるとか、金がもらえるとか。そんな話は聞かないよね。となると、内面的なことなのかな。下品って、気持ちいい? 下品でいると、嬉しさがこみ上げてくる?

「ああ、下品でよかったなあ、こんなうれしいことはないよ」

 なんて幸せを噛み締めながら下品でいるわけ?

 世の中に上品と下品のふたつしか人が選びうる選択肢がないとしたら、「上品でいるための労力を払わずに済む」という利点もあるだろう。だけど現実の世界には「ふつう」という選択肢が存在する。結果、どこをどうひねっても、下品であることのベネフィットが見つからないのだ。