ゲームは究極の科学なり

フルタイムの教員モードに入っている企画系ゲーム屋があれこれ綴ります

テニスについて少々(3)

 こんな感じで「王者」を語れるのは、競技スポーツとしてのテニスの、最大の特徴だろう。「選手個人の強さを湛える」という要素が最も大きいスポーツ、それがテニスなのだ。

 野球やサッカーのような団体競技では、誰が王者だとか論じることが難しい。メッシだってネイマールだって、所属チームが東京ヴェルディだったら、どうにもならないでしょ。

 一方、個人競技だからといっても、満たされるわけじゃない。

 ゴルフは個人競技だ。でも、テニスのようには行かない。なぜなら、「偶然の勝利」があるからだ。グリーンのせを狙った一打がそのままチップインなんてこともあるし、逆に、入るはずだったパターがホールの縁で止まってしまったりなんてこともある。1ホールあたり3〜5打で回らなくちゃいけないその打数が、偶然によって1つ2つ上下してしまうのだ。

 どんな分野だって、プロ同士なら実力差も僅かだろう。だけどテニスでは、嫌になるほど慎重なルールのせいで、その僅かな差が決定的な違いとなって現れる。番狂わせは、ふつう2回は続かない。でも、2ポイント差を付けないと、1ゲームすらとることができないのが、テニスなのだ。勝敗がわからないのは、調子の善し悪しで左右される程度に実力差が詰まっている場合だけ。結果として、優勝者の欄にはいつも聞いている名前ばかりが並んでしまう。コンピュータランキングが早期に導入されたのも、優勝数では比較のしようがないからだ。

 ゲームそのものも、泣けるほどタフ。大会は必ずトーナメントなので、強い選手だと連日続くことになる。そして、年4回のメジャー大会に加え、それ以外の指定された大会にも出場しないといけない。ランス・アームストロングは「他の大会にはいっさい出ない」という戦略でツール・ド・フランス7連覇を成し遂げたけど、テニスではそういうのは許されない。