ゲームは究極の科学なり

フルタイムの教員モードに入っている企画系ゲーム屋があれこれ綴ります

平気で半世紀なわけですよ(5)

 ぼくたちの年代にとってのスパイとくれば、007とも限らない。というか、この人はちょっと大人すぎる。物心ついた頃には、もうショーン・コネリーもいい年だったし。やはりここは『エロイカより愛をこめて』のエーベルバッハ少佐につきるだろう。他にも『パタリロ!』のバンコラン少佐なんてのもいたが、まあ彼は特にスパイとして活躍してたわけじゃないし。

 『エロイカ』の連載開始は、70年代。最初は、美形で同性愛者である美術品専門の怪盗を主人公にしたコメディだった。最初に盗まれるのは、超能力美術品鑑定士である美少年だ。でもこのノリは1巻のエピソードで終わり、本来“銭形警部”役だった少佐がどちらかというと主人公に収まってしまった。作品内容も、基本的にスパイコメディだ。

 当時はソ連があった。そして、ソ連の脅威というのは、かなり現実的に感じられるものだったのだ。もちろん、スパイというのはよくわからない。だからこそ「実はこうなんだぜ」系の話も否定されることなく、スパイ像を作る要素として取り込まれる。エーベルバッハ少佐の姿も、「働く大人の男」像の一つではあった。

 かなり年をとった今、憧れる対象は『攻殻機動隊』の荒巻部長だ。トグサやバトーへの即決で的確な指示とか、他官庁への縦横な交渉とか。草薙素子(この人も少佐か)への接し方ー優秀な人間は、部下でも年少でも、パートナーとして遇するーなんて、「上司たるものかくありたし」の理想像だ。

 原作の方のセリフに、こういうのがある。

  大臣「君は政治に向かんねぇ」

  荒巻「私は一公安関係者、それだけですよ」

 いいねえ。でも、こうしていろいろと“ならなかった人生の選択肢”を考えてしまうあたり、まだそんなに達観はできてない証拠だね。