ゲームは究極の科学なり

フルタイムの教員モードに入っている企画系ゲーム屋があれこれ綴ります

ソラタビ!


 仙台行きの飛行機は、搭乗時点からサプライズだった。
 空港に行くと、テンションが上がる。これは、飛行機好きじゃなくたって同じだろう。美しく非日常的な空間の中に祭りのような賑わい、否が応でも気分が盛り上がる。そして、これから飛び立つ旅人は、そんな劇場の主役だ。
 その日のぼくも、そんなアップした気持ちでゲートへと向かっていた。ボディチェックを済ませ、保安エリアに入ると、もうわくわくモード。目の前には 色鮮やかな飛行機が広がってくる。やがてボーディングブリッジを渡り、その中のひとつへと乗り込むわけだ…と思いながら、じゅうたんの敷き詰められたフロアをぼくは歩いて行った。だけど指示された搭乗口は、ちょっと違ってた。下りのエスカレーターだったのだ。
 そのまま進んだ先は、地上1階。そして見事なまでの“待合室”があった。空港があの手この手で演出している華やかさはどこにもなく、薄暗い照明の下、空いた椅子が並んでる。
 しばらくするとチェックインが始まった。
  「全日空、仙台行きなんちゃら便にご搭乗のお客様……」
 そこでさらに驚かされた。ゲート自体は、見慣れた光景だ。でも、その先にはボーディングブリッジはなかった。代わりにいたのがバス。飛行機は離れた場所にいて、バスでそれに乗り込むものだったのだ。
 もしこのバスごと飛行機に積み込まれ飛び立ったら、それはそれでサンダーバードみたいでわくわくなんだけど、そんなはずもない。



 車窓からの風景は、さながら空港ガイドツアーだ。数珠つなぎの荷物コンテナを引っ張ってくトラクターとか、こども向け図鑑でおなじみの「はたらくじどうしゃ」がたくさん行き交っている。そして走るエリアも、バックヤードに近い。ケータリングや荷捌きなどの現場が眼前に広がっている。
 航空の世界は、日本では珍しいあからさまな格差社会だ。顧客はファーストクラスからエコノミークラスまで何段階もの差を付けられ、別々に待遇される。上の方だと“もてなされる”けど、下の方は“扱われる”だ。だけど、そういう作業の現場から隔離されているという意味で、エコノミークラスといえども生態系の上の方扱いではあったのだ。
 念のため言っておくと、ぼく自身は、そういう現場な風景がみられるということが嫌いじゃない。むしろお得感すら感じる。でも、それを不躾なことと見る立場が世界にはあり、航空というのはそういう価値観で成り立っている分野だということを、思い知らされた。
 10分ほどだろうか、バスが停止した。そして目の前には、細長い飛行機が待ち構えていた。ボンバルディアQ400だ。もちろん飛行機好きだから、この機体はよく知っている。写真でも現物でも、何度も見ている。でも、実物を…しかもこれから命を預ける対象として目の当たりにすると、また格別だ。
  「これに乗って、飛んじゃうわけだ」
 鉛筆のようななんて、比喩としては月並みにすぎるのだけど、他に思いつくものがない。



 開いたハッチは、タラップ兼用になっている。細い機体だからどれほどの長さもないんだけど、それで十分だ。ほんの数段を上がって、ぼくは機上の人となった。
 乗ったからといって、サプライズが終わるわけじゃない。外から見て頼りないほどに細い機体は、中から見てもやっぱり頼りないほど細かった。必要十分ではあるんだろう。隣に座っていたのが0.1t級の大柄な白人男性だったけど、圧迫されることもなかった(物理的には、ね)。ただ、前の方の席にいたぼくにはそうでもなかったけど、後ろから機内を見たら、トンネルの中にいるような気持ちになったかもしれない。
 窓の外を見ていると、さっきのと同程度のバスが乗り付けてきた。そこからぱらぱらと降りた客が乗り込むと、ドアは閉じられた。バス2回分で乗りきれてしまうわけだ。「エアバス」なんて名前は、こっちのほうが似あいだろう。
 やがて、出発の時が来た。プロペラのトルクが直接伝わってくる。ぷるぷる揺れるのだ。そして窓からの風景。地面が近い。信じられないほど近い。これはあきらかに“車窓”だ。今しがた乗ってきたバスのほうが、ぜったい高いと思う。
 飛行機は走る。さきほども見たばかりの「はたらくじどうしゃ」たちがちょこちょこと走り回る姿を、先ほどとほとんど変わらない同一平面上で眺めながら、とことこと走っていく。地面が近いから、スピードの実感は高いのだけど、そこは飛行機が勝負するとこじゃないな。



 でも、本当のサプライズは、飛んでからだった。
 なんと、ちゃんと飛ぶのだ。ぶるぶる小刻みな振動は続くし、騒音レベルだって高いのだけど、乗り慣れたジェット機と同じようにしっかりと飛んで行くのだ。
 驚きは、離陸直後からだった。飛行機は、ふつう離陸後急上昇をする。騒音問題があるから、市街地に達する前に上空にあがってしまおうというわけだ。でもこのQ400は、何と言っても頼りないプロペラ機。だらだらと時間をかけて高度を稼いでいくんだろうと思っていた。だけど、全然違ってた。乗り慣れたジェット機と同じような急角度で上昇し続け、すぐに雲の層に入り、やがてそこを突き抜けた。ほんの数分程度だ。
 そこからは雲海の上をクルーズする。ボンバルディアは、ちゃんと雲の上を水平飛行していく。木の葉のごとく頼りなく揺れ続けるのかと思っていたら、そんなこともない。雲の切れ間、“はるか”下方に雪をかぶった山が見える。
 やがて平地が見え海が見えると、この空旅も終了となった。飛行機は大きくターンし高度を下げる。海面が近くに見え、タンカーとか漁船とかも、はっきりと見えてくる。やがてそれも地面になり、どんどん近づいた。いつもならとっくに着地しているほどに近づいてもまだ着いてなくて、ぼくは自分がヘンな飛行機に乗っていることを、やっと思い出すほどだった。
 空港は小さかった。中部空港では必要だったバスもここではいらない。ターミナルのすぐ近くに飛行機が横付けするからだ。ターミナルビルもささやかなもの。何かと名古屋に張り合いたがる(ように名古屋人からは見える)仙台だけど、この点では全然届いてないわけだ。でも、東北国際空港とか、もしかしたら構想してるのかな?