ゲームは究極の科学なり

フルタイムの教員モードに入っている企画系ゲーム屋があれこれ綴ります

バッカスの微笑がえし(5)

 では、カクテルのデザインにとって美とは何か。もちろん視覚的な美というのもあるだろう。名前忘れたけど、比重の違いを利用して作る、七色のカクテルなんてのもあるくらいだ。でもより重要なのは、見えない部分だろう。これが、シリーズの最初で出てきたキーワード、物語性なのだ。

 そこには、カクテルの作者自身が作った物語という意味もある。とはいえ、そのカクテルの持つ世界観を反映して作られた作品=いわば二次創作的な物語も、大事な価値を持つ。ジェームズ・ボンドなら「ウォッカ・マティーニを。ステアではなく、シェイクで」なんて決め台詞があるし(もっとも、これはキャラを立てるための“変わり者演出”用小道具なんだろうけどね。ウォッカでシェイクしちゃったら、それはマティーニじゃないし)、ギムレットと来れば、ハードボイルドの象徴だ。実際、ドラマづくりでも、キャラメイクにあたっての重要なファクターになる。昔のドラマで浅野温子演じるヒロインが常にマティーニを飲むなんてのがあった。マティーニを愛する女、それだけでもうある程度の性格描写になってしまえる。

 蒸留酒も、このへんは同じだ。ウィスキー、ブランデー、ラム、ジン……それぞれに物語があり、キャラクター性もある。そして、それを好む人のキャラクターにまで、考えは伸びていく。チャーチルは、事実上のストレートジンを「超ドライなマティーニ」と称して飲んでいたというが、あのブルドッグみたいな頑固親父のキャラが出ているようで興味深い(これはジンが労働者階級の酒だったという事情もある。貴族階級のチャーチルとしては、自分自身が『ジンを飲むような輩』になってしまうことが許せなかったのだろう)。さらに掘り下げれば、同じウィスキーでもスコッチ派とバーボン派では全然キャラが違ってくる

 ところで、サントリーの蒸留所とくれば山崎や白州だけど、実際にサントリー製ウィスキーをいちばんたくさん作ってるのは、たぶん知多蒸留所だろう。名古屋港のコンビナートの一角にあり、周りの化学工業の会社とくらべても違和感のない設備になっている。ウィスキー好きが見たら、たぶん唖然とするんだろう。物語が発生する余地はない。

 でも山崎蒸留所のおみやげコーナーに「知多蒸留所製グレーンウィスキー」なんてのがちゃんと売っているくらいで、会社は決してないがしろにしている訳じゃないんだけど。