ゲームは究極の科学なり

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F1まとめ書き(7)

 知ってる人は知ってるが、今日本は、F1浪人中だ。

 日本人ドライバーが、ではなく、「日本」が。ドライバーは、今年に関してはゼロではない。エンジニアなど、バックヤードの人材はずっとまえから何人もいる。だけど、日本という国について言えば、F1に対して関わっているその度合は、浪人中としか言い様がないレベルにまで落ち込んでいる。

 とはいえ、F1はうんと前からグローバルな世界だ。

 かつては国別対抗戦を意識したグラウンドデザインになっていた。今のようなスポンサーカラーが導入される前、マシンの色はナショナルカラー。イギリスはグリーン、フランスは青、ドイツは銀…という調子で、国ごとに決まっていたのだ。今、白地に赤というツートンが日本のナショナルカラー扱いになっている(そういう色のマシンはもう走ってないけど)のも、その頃に決められたルール。60年台にホンダがF1に参入するときの決定だ。

 今も、一応チームには国籍がある。そして、コンストラクターチャンピオンになると、国家が流れるらしい。だけど、勝ちたかったら、国旗なんてのは無駄。そして、レース好きな人間が本当に好きなのは、速いマシンだ。以前「オールジャパン」なんて標語を掲げ、日本国内に本拠地を作るとか言っていたレース関係者がいた。最近も、新たに参戦することになったアメリカのチームが同じようなことを言っている。ずいぶんアナクロなことだと、肩を潜めたくなってしまう。それとも、レースと無縁な国内マスコミやスポンサーたちのためだろうか。でもそういう力の導入は、副作用がある。バブル期の日本を思い出してほしい。

 ぼく自身は骨太な愛国者なので、もちろん日本びいきだ。でも、それは必ずしも「レースリザルト上で日本人の名前を見たい」なんてことじゃない。

 かつて、グランプリには日本で修行したドライバーが多くいた。特にシューマッハの全盛期なんて顕著で、フェラーリのセカンドドライバーだったアーバインやチャンピオンを競い合ったビルヌーブ、さらには実弟のラルフ・シューマッハなど、日本のF3やF3000で活躍した選手があの時代はずらりとグランプリを固めていた。シューマッハ本人だって、全日本F3000にスポット参戦していたことがあるくらいだ。ああいう形で“日本勢”に活躍して欲しいのだ。

 もちろん今でも皆無ということはなくて、現ザウバースーティルは、全日本F3から直接F1入りしている。ただ、優勝に絡むようなポジションからは遠いことも事実。昔を知っているだけに、やはり残念な気持ちは否定出来ない。